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「何で?何で?クイズ」

以前にも紹介したことがありましたが、「何で何でクイズ」を紹介します。関西弁で言えば「なんでなんでくいず」。どんなモノでも生まれてきたモノには意味がある(と思いたい)。だから、どんなモノにも、そのカタチに至った経緯があるハズで、モノでも服でも家でも、何でも奥に掘り下げることにしている。当たり前に成っているモノに対して、一度立ち止まって疑問をもって立ち向かう。「何で?」と。

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商品のパッケージについて

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ども。お久しぶりで突然、今日はパッケージについてのお話。
スーパーやコンビニに行けば、うるさくて目をつむりたくなるほどの自己主張の強いパッケージデザインがあふれています。でも、それは裏を返せば、そこまでしないと「わからない」と思う人が多いから。
今日、サランラップの押さえるところに「親指をココに押さえる」って書いてあって、びっくりした。でも、それもユーザーがきっと生み出した結果なんだろうな、と。どんな企業の商品も、そこまで保守的にそのテキストを入れようとは思っていないハズ。より丁寧により便利に、するためなんだろうな。そうしないと市場で売れないと思ってしまう。
無印良品のラップにはきっとそれは書かれたりはしない。これはユーザーの違い。それと、現代の生活に馴染んでいるものを、リデザインを繰り返している無印だからこそ。
コンビニに並ぶため、しいては今のマス市場に置かれるためには、、、、、より丁寧により便利にしなければ淘汰されていってしまう。それが溢れかえって自己主張の強いものの集まりになっている。
作り手・売り手の努力やデザインは、もう飽和しきるところまできている。
やっぱり、あとは買い手の意識を変えなくては。と思いました。

モノに対する意識改革

雨を避けるために天井をつくり、風を遮るために壁をつくり、汚れや寒さから身を守るために床がつくられました。住みながら家を作っていると、そんな家の構造体が作られていったワケが納得できる。というか、「床いるだろ!」となる。そのままでは汚くて座ったり寝転がったりできないから。必要だと思った。
日本は豊かすぎて、「あることがあたりまえ」になっていることが多い気がする。「便利」や「必要」という言葉に侵されている。本当に必要かどうかは、その状況下になってみないとわからないはずなのに。こわいから。いざ不便な状況になってしまうことが。そんなに食器は必要か?階段に手すりは必要か?iPhoneにケースは必要か?家の隅で洗濯物干しになっている、健康器具たちは必要だったのか?
そういった買い手の意識、使い手の意識を変えたい。でなければ、世の中にモノがどんどん増えていってしまう。ゴミだらけになってしまう。埋立地や不法投棄などのゴミ問題も、元を辿れば、作り手が一生懸命に作った愛に溢れたモノたちだっただろう。
大量生産はいずれ消える。ひとりひとりの意識を変えることができれば、みんながモノのことをしっかりと考えはじめれば。
その原動力になってみせる。

たまには土の上を歩こう

都心部に住んでいると、普段歩いている道は舗装されている道です。きっと皆さんの足の裏も靴も、コンクリートの感覚しか獲られていない。それはもったいない。人間の足の感覚はもっと細かく繊細なセンサーがあるから、もっといろんな地面の上をもっといろんなシューズで踏み歩いてみませんか?