ただしい選択

少し前、震災の影響でたばこの品切れが続出した。愛煙していた銘柄のたばこが世の中から姿を消した。初めは、その銘柄しか自分に合わないと思い、何年も何年も吸っていたのにも関わらず、最近慣れた。気づいたコトは、こんなに種類いらんのんちゃうん?ということ。どんどん新しい銘柄が誕生して、少し売れにくいモノたちはそれに淘汰されれていった。そうやって膨大な種類になったタバコは、今回の震災で、しぼらなければならない状況になった。
欲しい銘柄がなければ、違う種類のモノで代用する。そういった薬物の世界では、無ければ辞める…なんて考えは滅多にないと思う。ラッキーストライクとセブンスターとマイルドセブンとマルボロの4種類しかなくなっても、きっとどれかを吸う。
それでも、タバコは「新商品」や「新技術」を名目にして売り続ければならなかった。会社の存続のため、成長のため。その前向きな姿勢を否定することはできないけど、自動販売機を3台設置しても足りないほどの種類は本当に必要なのだろうか。
ただしい選択は、ただしい選択肢からうまれる。選択できる種類がたくさんあることが必ずしも良いこととは思わない。人の選択する感覚を鈍らせている原因は、その選択肢なのかな…。

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コメント

  1. b より:

    わたしは時々
    選択肢があることや
    選択できるって とても幸せだなって思うことがあります。

    blogを読ませてもらって
    選択する感覚を鈍らせるって考え方もあるんだなと
    勉強になりました。

    1. monodachi より:

      bさん

      コメントありがとうございます。
      僕自身も、選べる幸せはもちろん持っているんですが、選べることが必ずしも幸せではないのかなって思いますね。また何か考えて、書きますね~

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